コリント人への第一の手紙 15

1 兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。 2 もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。 3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、 4 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、 5 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。 6 そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。 7 そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、 8 そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。 9 実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。 10 しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。 11 とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのである。 12 さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。 13 もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。 14 もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。 15 すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。 16 もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。 17 もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。 18 そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。 19 もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。 20 しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。 21 それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。 22 アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。 23 ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、 24 それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。 25 なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。 …

コリント人への第一の手紙 14

1 愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。 2 異言を語る者は、人にむかって語るのではなく、神にむかって語るのである。それはだれにもわからない。彼はただ、霊によって奥義を語っているだけである。 3 しかし預言をする者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰めるのである。 4 異言を語る者は自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める。 5 わたしは実際、あなたがたがひとり残らず異言を語ることを望むが、特に預言をしてもらいたい。教会の徳を高めるように異言を解かない限り、異言を語る者よりも、預言をする者の方がまさっている。 6 だから、兄弟たちよ。たといわたしがあなたがたの所に行って異言を語るとしても、啓示か知識か預言か教かを語らなければ、あなたがたに、なんの役に立つだろうか。 7 また、笛や立琴のような楽器でも、もしその音に変化がなければ、何を吹いているのか、弾いているのか、どうして知ることができようか。 8 また、もしラッパがはっきりした音を出さないなら、だれが戦闘の準備をするだろうか。 9 それと同様に、もしあなたがたが異言ではっきりしない言葉を語れば、どうしてその語ることがわかるだろうか。それでは、空にむかって語っていることになる。 10 世には多種多様の言葉があるだろうが、意味のないものは一つもない。 11 もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である。 12 だから、あなたがたも、霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊かにいただくように励むがよい。 13 このようなわけであるから、異言を語る者は、自分でそれを解くことができるように祈りなさい。 14 もしわたしが異言をもって祈るなら、わたしの霊は祈るが、知性は実を結ばないからである。 15 すると、どうしたらよいのか。わたしは霊で祈ると共に、知性でも祈ろう。霊でさんびを歌うと共に、知性でも歌おう。 16 そうでないと、もしあなたが霊で祝福の言葉を唱えても、初心者の席にいる者は、あなたの感謝に対して、どうしてアァメンと言えようか。あなたが何を言っているのか、彼には通じない。 17 感謝するのは結構だが、それで、ほかの人の徳を高めることにはならない。 18 わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多く異言が語れることを、神に感謝する。 19 しかし教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちをも教えるために、むしろ五つの言葉を知性によって語る方が願わしい。 20 兄弟たちよ。物の考えかたでは、子供となってはいけない。悪事については幼な子となるのはよいが、考えかたでは、おとなとなりなさい。 21 律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」。 22 このように、異言は信者のためではなく未信者のためのしるしであるが、預言は未信者のためではなく信者のためのしるしである。 23 もし全教会が一緒に集まって、全員が異言を語っているところに、初心者か不信者かがはいってきたら、彼らはあなたがたを気違いだと言うだろう。 24 しかし、全員が預言をしているところに、不信者か初心者がはいってきたら、彼の良心はみんなの者に責められ、みんなの者にさばかれ、 25 その心の秘密があばかれ、その結果、ひれ伏して神を拝み、「まことに、神があなたがたのうちにいます」と告白するに至るであろう。 …

コリント人への第一の手紙 13

1 たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。 2 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。 3 たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。 4 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、 5 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 6 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 7 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。 8 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。 9 なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。 10 全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。 11 わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。 12 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。 13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

コリント人への第一の手紙 12

1 兄弟たちよ。霊の賜物については、次のことを知らずにいてもらいたくない。 2 あなたがたがまだ異邦人であった時、誘われるまま、物の言えない偶像のところに引かれて行ったことは、あなたがたの承知しているとおりである。 3 そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。 4 霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。 5 務は種々あるが、主は同じである。 6 働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。 7 各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。 8 すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、 9 またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、 10 またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。 11 すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。 12 からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。 13 なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。 14 実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。 15 もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。 16 また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。 17 もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。 18 そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。 19 もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。 20 ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。 21 目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。 22 そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、 23 からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、 24 麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。 25 それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。 …

コリント人への第一の手紙 11

1 わたしがキリストにならう者であるように、あなたがたもわたしにならう者になりなさい。 2 あなたがたが、何かにつけわたしを覚えていて、あなたがたに伝えたとおりに言伝えを守っているので、わたしは満足に思う。 3 しかし、あなたがたに知っていてもらいたい。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。 4 祈をしたり預言をしたりする時、かしらに物をかぶる男は、そのかしらをはずかしめる者である。 5 祈をしたり預言をしたりする時、かしらにおおいをかけない女は、そのかしらをはずかしめる者である。それは、髪をそったのとまったく同じだからである。 6 もし女がおおいをかけないなら、髪を切ってしまうがよい。髪を切ったりそったりするのが、女にとって恥ずべきことであるなら、おおいをかけるべきである。 7 男は、神のかたちであり栄光であるから、かしらに物をかぶるべきではない。女は、また男の光栄である。 8 なぜなら、男が女から出たのではなく、女が男から出たのだからである。 9 また、男は女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのである。 10 それだから、女は、かしらに権威のしるしをかぶるべきである。それは天使たちのためでもある。 11 ただ、主にあっては、男なしには女はないし、女なしには男はない。 12 それは、女が男から出たように、男もまた女から生れたからである。そして、すべてのものは神から出たのである。 13 あなたがた自身で判断してみるがよい。女がおおいをかけずに神に祈るのは、ふさわしいことだろうか。 14 自然そのものが教えているではないか。男に長い髪があれば彼の恥になり、 15 女に長い髪があれば彼女の光栄になるのである。長い髪はおおいの代りに女に与えられているものだからである。 16 しかし、だれかがそれに反対の意見を持っていても、そんな風習はわたしたちにはなく、神の諸教会にもない。 17 ところで、次のことを命じるについては、あなたがたをほめるわけにはいかない。というのは、あなたがたの集まりが利益にならないで、かえって損失になっているからである。 18 まず、あなたがたが教会に集まる時、お互の間に分争があることを、わたしは耳にしており、そしていくぶんか、それを信じている。 19 たしかに、あなたがたの中でほんとうの者が明らかにされるためには、分派もなければなるまい。 20 そこで、あなたがたが一緒に集まるとき、主の晩餐を守ることができないでいる。 21 というのは、食事の際、各自が自分の晩餐をかってに先に食べるので、飢えている人があるかと思えば、酔っている人がある始末である。 22 あなたがたには、飲み食いをする家がないのか。それとも、神の教会を軽んじ、貧しい人々をはずかしめるのか。わたしはあなたがたに対して、なんと言おうか。あなたがたを、ほめようか。この事では、ほめるわけにはいかない。 23 わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、 24 感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。 25 食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。 …

コリント人への第一の手紙 10

1 兄弟たちよ。このことを知らずにいてもらいたくない。わたしたちの先祖はみな雲の下におり、みな海を通り、 2 みな雲の中、海の中で、モーセにつくバプテスマを受けた。 3 また、みな同じ霊の食物を食べ、 4 みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊の岩から飲んだのであるが、この岩はキリストにほかならない。 5 しかし、彼らの中の大多数は、神のみこころにかなわなかったので、荒野で滅ぼされてしまった。 6 これらの出来事は、わたしたちに対する警告であって、彼らが悪をむさぼったように、わたしたちも悪をむさぼることのないためなのである。 7 だから、彼らの中のある者たちのように、偶像礼拝者になってはならない。すなわち、「民は座して飲み食いをし、また立って踊り戯れた」と書いてある。 8 また、ある者たちがしたように、わたしたちは不品行をしてはならない。不品行をしたため倒された者が、一日に二万三千人もあった。 9 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。 10 また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、「死の使」に滅ぼされた。 11 これらの事が彼らに起ったのは、他に対する警告としてであって、それが書かれたのは、世の終りに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである。 12 だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい。 13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。 14 それだから、愛する者たちよ。偶像礼拝を避けなさい。 15 賢明なあなたがたに訴える。わたしの言うことを、自ら判断してみるがよい。 16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。 17 パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。みんなの者が一つのパンを共にいただくからである。 18 肉によるイスラエルを見るがよい。供え物を食べる人たちは、祭壇にあずかるのではないか。 19 すると、なんと言ったらよいか。偶像にささげる供え物は、何か意味があるのか。また、偶像は何かほんとうにあるものか。 20 そうではない。人々が供える物は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである。わたしは、あなたがたが悪霊の仲間になることを望まない。 21 主の杯と悪霊どもの杯とを、同時に飲むことはできない。主の食卓と悪霊どもの食卓とに、同時にあずかることはできない。 22 それとも、わたしたちは主のねたみを起そうとするのか。わたしたちは、主よりも強いのだろうか。 23 すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。 24 だれでも、自分の益を求めないで、ほかの人の益を求めるべきである。 25 すべて市場で売られている物は、いちいち良心に問うことをしないで、食べるがよい。 …

コリント人への第一の手紙 9

1 わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主にあるわたしの働きの実ではないか。 2 わたしは、ほかの人に対しては使徒でないとしても、あなたがたには使徒である。あなたがたが主にあることは、わたしの使徒職の印なのである。 3 わたしの批判者たちに対する弁明は、これである。 4 わたしたちには、飲み食いをする権利がないのか。 5 わたしたちには、ほかの使徒たちや主の兄弟たちやケパのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのか。 6 それとも、わたしとバルナバとだけには、労働をせずにいる権利がないのか。 7 いったい、自分で費用を出して軍隊に加わる者があろうか。ぶどう畑を作っていて、その実を食べない者があろうか。また、羊を飼っていて、その乳を飲まない者があろうか。 8 わたしは、人間の考えでこう言うのではない。律法もまた、そのように言っているではないか。 9 すなわち、モーセの律法に、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」と書いてある。神は、牛のことを心にかけておられるのだろうか。 10 それとも、もっぱら、わたしたちのために言っておられるのか。もちろん、それはわたしたちのためにしるされたのである。すなわち、耕す者は望みをもって耕し、穀物をこなす者は、その分け前をもらう望みをもってこなすのである。 11 もしわたしたちが、あなたがたのために霊のものをまいたのなら、肉のものをあなたがたから刈りとるのは、行き過ぎだろうか。 12 もしほかの人々が、あなたがたに対するこの権利にあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利を利用せず、かえってキリストの福音の妨げにならないようにと、すべてのことを忍んでいる。 13 あなたがたは、宮仕えをしている人たちは宮から下がる物を食べ、祭壇に奉仕している人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかることを、知らないのか。 14 それと同様に、主は、福音を宣べ伝えている者たちが福音によって生活すべきことを、定められたのである。 15 しかしわたしは、これらの権利を一つも利用しなかった。また、自分がそうしてもらいたいから、このように書くのではない。そうされるよりは、死ぬ方がましである。わたしのこの誇は、何者にも奪い去られてはならないのだ。 16 わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。 17 進んでそれをすれば、報酬を受けるであろう。しかし、進んでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務なのである。 18 それでは、その報酬はなんであるか。福音を宣べ伝えるのにそれを無代価で提供し、わたしが宣教者として持つ権利を利用しないことである。 19 わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。 20 ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。 21 律法のない人には――わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが――律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。 22 弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。 23 福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである。 24 あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。あなたがたも、賞を得るように走りなさい。 25 しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。 …

コリント人への第一の手紙 8

1 偶像への供え物について答えると、「わたしたちはみな知識を持っている」ことは、わかっている。しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める。 2 もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならないほどの事すら、まだ知っていない。 3 しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのである。 4 さて、偶像への供え物を食べることについては、わたしたちは、偶像なるものは実際は世に存在しないこと、また、唯一の神のほかには神がないことを、知っている。 5 というのは、たとい神々といわれるものが、あるいは天に、あるいは地にあるとしても、そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、 6 わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によっている。 7 しかし、この知識をすべての人が持っているのではない。ある人々は、偶像についての、これまでの習慣上、偶像への供え物として、それを食べるが、彼らの良心が、弱いために汚されるのである。 8 食物は、わたしたちを神に導くものではない。食べなくても損はないし、食べても益にはならない。 9 しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。 10 なぜなら、ある人が、知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのを見た場合、その人の良心が弱いため、それに「教育されて」、偶像への供え物を食べるようにならないだろうか。 11 するとその弱い人は、あなたの知識によって滅びることになる。この弱い兄弟のためにも、キリストは死なれたのである。 12 このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、その弱い良心を痛めるのは、キリストに対して罪を犯すことなのである。 13 だから、もし食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは永久に、断じて肉を食べることはしない。

コリント人への第一の手紙 7

1 さて、あなたがたが書いてよこした事について答えると、男子は婦人にふれないがよい。 2 しかし、不品行に陥ることのないために、男子はそれぞれ自分の妻を持ち、婦人もそれぞれ自分の夫を持つがよい。 3 夫は妻にその分を果し、妻も同様に夫にその分を果すべきである。 4 妻は自分のからだを自由にすることはできない。それができるのは夫である。夫も同様に自分のからだを自由にすることはできない。それができるのは妻である。 5 互に拒んではいけない。ただし、合意の上で祈に専心するために、しばらく相別れ、それからまた一緒になることは、さしつかえない。そうでないと、自制力のないのに乗じて、サタンがあなたがたを誘惑するかも知れない。 6 以上のことは、譲歩のつもりで言うのであって、命令するのではない。 7 わたしとしては、みんなの者がわたし自身のようになってほしい。しかし、ひとりびとり神からそれぞれの賜物をいただいていて、ある人はこうしており、他の人はそうしている。 8 次に、未婚者たちとやもめたちとに言うが、わたしのように、ひとりでおれば、それがいちばんよい。 9 しかし、もし自制することができないなら、結婚するがよい。情の燃えるよりは、結婚する方が、よいからである。 10 更に、結婚している者たちに命じる。命じるのは、わたしではなく主であるが、妻は夫から別れてはいけない。 11 (しかし、万一別れているなら、結婚しないでいるか、それとも夫と和解するかしなさい)。また夫も妻と離婚してはならない。 12 そのほかの人々に言う。これを言うのは、主ではなく、わたしである。ある兄弟に不信者の妻があり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。 13 また、ある婦人の夫が不信者であり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。 14 なぜなら、不信者の夫は妻によってきよめられており、また、不信者の妻も夫によってきよめられているからである。もしそうでなければ、あなたがたの子は汚れていることになるが、実際はきよいではないか。 15 しかし、もし不信者の方が離れて行くのなら、離れるままにしておくがよい。兄弟も姉妹も、こうした場合には、束縛されてはいない。神は、あなたがたを平和に暮させるために、召されたのである。 16 なぜなら、妻よ、あなたが夫を救いうるかどうか、どうしてわかるか。また、夫よ、あなたも妻を救いうるかどうか、どうしてわかるか。 17 ただ、各自は、主から賜わった分に応じ、また神に召されたままの状態にしたがって、歩むべきである。これが、すべての教会に対してわたしの命じるところである。 18 召されたとき割礼を受けていたら、その跡をなくそうとしないがよい。また、召されたとき割礼を受けていなかったら、割礼を受けようとしないがよい。 19 割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。 20 各自は、召されたままの状態にとどまっているべきである。 21 召されたとき奴隷であっても、それを気にしないがよい。しかし、もし自由の身になりうるなら、むしろ自由になりなさい。 22 主にあって召された奴隷は、主によって自由人とされた者であり、また、召された自由人はキリストの奴隷なのである。 23 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない。 24 兄弟たちよ。各自は、その召されたままの状態で、神のみまえにいるべきである。 25 おとめのことについては、わたしは主の命令を受けてはいないが、主のあわれみにより信任を受けている者として、意見を述べよう。 …

コリント人への第一の手紙 6

1 あなたがたの中のひとりが、仲間の者と何か争いを起した場合、それを聖徒に訴えないで、正しくない者に訴え出るようなことをするのか。 2 それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があなたがたによってさばかれるべきであるのに、きわめて小さい事件でもさばく力がないのか。 3 あなたがたは知らないのか、わたしたちは御使をさえさばく者である。ましてこの世の事件などは、いうまでもないではないか。 4 それだのに、この世の事件が起ると、教会で軽んじられている人たちを、裁判の席につかせるのか。 5 わたしがこう言うのは、あなたがたをはずかしめるためである。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することができるほどの知者は、ひとりもいないのか。 6 しかるに、兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか。 7 そもそも、互に訴え合うこと自体が、すでにあなたがたの敗北なのだ。なぜ、むしろ不義を受けないのか。なぜ、むしろだまされていないのか。 8 しかるに、あなたがたは不義を働き、だまし取り、しかも兄弟に対してそうしているのである。 9 それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、 10 貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。 11 あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。 12 すべてのことは、わたしに許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは、わたしに許されている。しかし、わたしは何ものにも支配されることはない。 13 食物は腹のため、腹は食物のためである。しかし神は、それもこれも滅ぼすであろう。からだは不品行のためではなく、主のためであり、主はからだのためである。 14 そして、神は主をよみがえらせたが、その力で、わたしたちをもよみがえらせて下さるであろう。 15 あなたがたは自分のからだがキリストの肢体であることを、知らないのか。それだのに、キリストの肢体を取って遊女の肢体としてよいのか。断じていけない。 16 それとも、遊女につく者はそれと一つのからだになることを、知らないのか。「ふたりの者は一体となるべきである」とあるからである。 17 しかし主につく者は、主と一つの霊になるのである。 18 不品行を避けなさい。人の犯すすべての罪は、からだの外にある。しかし不品行をする者は、自分のからだに対して罪を犯すのである。 19 あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。 20 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。